未来のかけらを探して

2章・世界のどこかにきっといる
―18話・現実は厳しい―



水鏡を通り抜ける感覚は、デジョンズともスペッキオ・ポルタとも違っていた。
水の流れに押し流されるような感覚を一瞬覚えたと思ったら、
もうシェリルがすむ洞窟にたどり着いてしまった。
「うぇ〜、ビッショビショ……。」
「羽……じゃなかった、かみの毛も服もくっついて気持ちわるいよ……。」
3人そろって、プルプル全身を震わせて水気を飛ばす。
帰れたことは帰れたが、やはり水に飛び込んだということに変わりはないらしく、
3人とも全身ずぶぬれになってしまった。
どうしてこう、肝心なところで詰めが甘いというか、ついていないのだろう。
「あらあらびしょ濡れね。
3人とも、お風呂に入れてあげるからこっちにいらっしゃい。」
いつどこから持ってきたのか、大きな布を持ったシェリルに手招きされたので、
すぐに駆け寄ってその後ろについていく。
風呂はロビンが仲間に加わってからしか体験していないが、
入るとあったかい水浴びとプーレたちは認識している。
最初にロビンに風呂に入れられた時は、
濡れるのが嫌だとパササとエルンは暴れていたが、すぐになれた。
「オフロー、オフロー♪」
しかし今では、お風呂と聞いただけでシェリルにまとわりつくほど好きらしい。
それに、シェリルに会うのはまだ2度目のはずなのにこの懐き様。
パササもエルンも、適応力の高さは見事なほどだ。
今は居ないが、臆病で適応力ゼロのグリモーには、
彼らの爪の垢を飲ませたいと思う。
「ところでお姉さん、どうくつにおふろって……・どうやって作ったの?」
「それは内緒。さ、お風呂はここよ。
服を脱いだら、先に湯船に浸かっていいから。」
シェリルが扉を開けると、そこには脱衣所らしき狭いスペースがあり、
天井まで届くには少し低い石の壁で仕切られていた。
また、石の壁には垂れ布が下がっていて、その奥から暖かい蒸気が流れ込んでくる。
どうやらこの先が風呂になっているようだ。
とりあえずプーレ達3人は、ポイポイと服を脱ぎ散らかすように籠に放り込んで、
垂れ布をくぐって言われたとおり湯船に飛び込んだ。
「わ〜、あったかぁーい♪」
「サイコー☆」
湯船が広いのをいいことに、パササとエルンはジャブジャブ泳ぎ始めた。
当然、水しぶきがプーレの顔や湯船に飛び散る。
「ちょ、2人とも水とばさないでよ!」
「あ、ゴメーン。」
口では謝ったもののパササの顔もエルンの顔も笑っている。
あまり反省した様子がないのを見て、プーレは少しむくれた。
するとそこに、プーレ達に遅れてシェリルが風呂場に入ってきた。
「こらこら、お風呂の中で泳いじゃだめよ。」
シェリルにくすくすと笑われて、パササもエルンも泳ぐのをやめる。
注意されたからではなく、何か気になるものがあるからといった様子だ。
彼らの目は、プーレも含めてシェリルが体に巻いている布に集中していた。
「あれ?お姉ちゃんなんで布巻いてるのぉ〜?」
「ああ、これ?まぁ、大人の女性の習慣みたいなものね。」
「ふーん……どうして?
オスだけど、おんなじ大人のロビンは巻いてなかったよ?」
前に風呂に入れられたときは、周りに他人は居なかったのだが、
ロビンは今のプーレ達と同じように布はどこにも巻いていなかった。
理由はよく分からなかったが、その格好のせいでくろっちに蹴られていたが。
「……周りに知らない人が居なかったか、単に気にしない性格なだけだと思うわ。
普通は、男でも腰にだけ巻くから。」
「ナルホド。」
普通じゃないことをしたからあの時ロビンは蹴られたのかと、パササは納得した。
常識を破ると不思議がられたり、ひんしゅくを買ったりするのは動物だって同じだ。
そのあたりの感覚は、プーレ達にも理解できる。
「さてと……あなたたちは、自分で体と髪は洗えるかしら?」
石鹸とおけを用意したシェリルが、プーレ達に尋ねる。
場合によっては、彼女一人で全員分洗うことになるからだ。
「えーっと、体はちょっとできるけど、かみの毛はむり〜。
パササもだよねぇ?」
「ウン、ぜったいムリ。
ロビンとかくろっちお兄ちゃんに手伝ってもらわないとダメ。」
「ぼくも体はけっこう洗えるけど……かみの毛は……。」
パササとエルンは体も自分ではうまく洗えないといい、
プーレも髪の毛だけはと口を濁す。
3人とも体はどうにか洗えないこともないが、
髪の毛となると、特に髪が長いパササとプーレはお手上げだ。
とても自分1人では洗えない。
予想通りの反応だったらしく、シェリルは別に驚いた様子もあきれたそぶりも見せなかった。
「そう、じゃあ順番に洗ってあげるわ。
あ、その前にまず順番を決めてね。」
「うん。じゃ、じゃんけんしよっか。」
湯船の中で、さっそく順番を決めることにした。
ちなみにじゃんけんは、以前ロビンに教えてもらった人間バージョンのものだ。
「オッケー☆」
「さいしょはパーだよねぇ?」
「ちがうでしょ……。」
エルンの妙な発言はあったものの、ともかくじゃんけんで順番を決め、
プーレ達は順番に洗ってもらったのであった。
それから風呂場には、きゃあきゃあと子供がはしゃぐ声が絶え間なく響いていたという。


洗ってもらった後は適当に湯船であったまった3人が、
パタパタと風呂場から上がってくる。
「早くふいて〜!」
外においてあった、体を拭くための布の近くでシェリルにそう催促する。
濡れていると風邪を引くのはもちろんのこと、精神衛生上も大変よろしくない。
「はいはい、順番にね。
待っている間に、他の2人はこれでちょっと拭いててちょうだい。」
一番にシェリルの元に駆け寄ったエルン以外の2人に、
シェリルは別の大きな布を1枚ずつ渡した。
それからすばやく正確な手つきでエルンの体を水滴一つ残さないように拭いた。
体を拭く手を止めて、思わずパササとプーレはその様子をじっと眺めてしまう。
どうやったらそんなに早くふけるのか、不思議で仕方ないのだ。
プーレ達は人間の体になってしまってもうけっこう長いが、いまだに体を拭くのは四苦八苦する。
それに引き換え、シェリルの手つきはスムーズで無駄がない。
やっぱり大人で神様だからだと、後半はあまり関係ないことを考えながら、
プーレとパササはお互いに拭きっこする。
自分で自分の体を拭くと拭きにくいからだ。
それでもあまり上手に拭けずにいると、もうエルンを拭き終わったシェリルがやってきた。
最初に拭いてもらったエルンは、もう頭に布を巻いている。拭き終わった証だ。
「ごめんね、待たせちゃって。」
「わー、おねえちゃん早〜い!どうやったらそんなに早く拭けるノ?」
「こういうのは慣れなのよ。昔から、たくさん子供を育てていたからね。」
シェリルの育てた子供の数は、種族を問わなければかなりの数にのぼる。
彼女にとって、風呂上りの子供の体を手早く拭くのは朝飯前だ。
パササの相手をしている間にも、その手はとまることがない。
ものの五分もかからずに体を拭くと、丁寧に髪の水分を取ってから布を巻いた。
同じようにプーレも拭いた跡で、シェリルはようやく自分の体と髪を拭き始めた。
子供の体は冷やすとすぐに風邪を引いてしまうので、優先して拭いたようだ。
神である身は、たとえ冷えたとしても風邪は引かない。
こんな時でも便利なものだと、シェリルはかすかに笑う。


「あ、いけない。お姉さんに見せたいものがあるんだっけ。」
「見せたいもの?ふふ、何かしら。」
荷物袋をあさり始めたプーレに、微笑みながらシェリルが返事をした。
それを期待されていると感じたプーレは、
早く見つけようと思って袋の中の六宝珠を探す。
あちらこちらで見つけた六宝珠。それが、シェリルに見せたいものである。
これだけがんばったのだから、少しは褒めてほしいという気持ちも当然あった。
「え〜っと……どこだっけ?
ねぇ、誰でもいいからどこにあdent:17.95pt;mso-char-indent-count:1.71'>机の上に、ルビー・エメラルド・サファイアが並べられる。
洞窟の中でありながら、昼間のように明るい部屋の光を受けて3つの宝石が輝く。
改めて見ていると、ちょっとしたコレクションのようで自慢したくなる。
「お〜、やっぱこうやって見るとお店のアメみたいダナ。」
“……飴はやめろ、飴は。”
やや落胆したようにルビーがつぶやく。
宝石にしてはあまりに大きすぎて、なまじ気泡の一つもないばかりに、
ガラス玉扱いなど一般の宝石以下の扱いもたびたびの六宝珠達。
しかし「飴」扱いはそれよりも傷つくらしい。
「飴ねぇ……確かに、形もいいしおいしそうに見えるわね。」
「ほ〜ら、おねえちゃんもアメだって言ってるよぉ〜?」
シェリルにまでそう言われては、六宝珠もそろそろ立つ瀬が無くなってくる。
しかし子供ではないので、彼女はそれ以上追及するようなまねはしない。
「あっという間に、もう3つも集めたのね。
大変だったでしょう、ご苦労様。」
よしよしと、3人の頭を順番になでてやる。
他の2人に「プーレばっかりずるい」と言わせないのは、さりげない彼女の気遣いの賜物だ。
「それでさぁおねえちゃん、集めたけどこいつらどうしたらいいかなぁ?」
「そうねぇ……本人達の意見はどうかしら?」
困った顔をしたエルンに聞かれて、シェリルはまず当人達に話を振った。
“うーん、悩むな。美人の女神様のお宅と、
お馬鹿なガキの観察日記をつける日々……どっちもすてがたいぞ。”
本気とも冗談ともつかないことを、真剣に悩み始めるエメラルド。
正直言って、あほだ。当然その言葉は、真面目なサファイアの怒りを買った。
“何を馬鹿なことを言っているのエメラルド!
この子達に集めてもらっておいて、その言い草は何なの!
第一、あなた日記なんてつけてもいないし、つけられないでしょう!”
「うわー、サファイアがキレちゃった。
おいエメラルド、あんまりふざけてるとサファイアにおしおきされるヨ。」
机の上に置かれたサファイアの滑らかな表面に、
血管が浮いているような気がしてくる。
「これがほんとに貴重なのかなー……。」
エメラルドのいつも以上にあほな発言に、さすがにプーレもあきれる。
こんな奴、拾わないであのまま大蛇の腹の中にほうって置けばよかったと、一瞬考えた。
「まぁ……宿っている人格はどうであれ、貴重なことは確かよ。
クリスタルには及ばないけれど、秘めた力は並ではないわ。」
「そーなの?それにしちゃあ、あんまり当てになんないけどナー。」
シェリルがフォローをしたが、
エメラルドがこんなことを口にした後ではそのフォローもどこか苦しい。
たまったものではないのが、一緒にされた残りの2つだ。
“おい……。
スペッキオ・ポルタの仕掛けを俺達に解かせておいて、その言い草はないだろう。
これでも協力はしているつもりなんだが……。”
いかにも憮然とした様子で、ルビーが抗議した。
もし彼に体があったら、さぞかし不機嫌な顔をしていただろう。
しかし、親の心子知らずというのとは少し違うが、
ルビーの真意をプーレ達が知るはずもない。
「そん時はそん時!ふだんは役立たずのくせにぃ〜。」
“……。”
言うだけ無駄と悟ったルビーは、エルンの反論を機に押し黙る。
その様子を見たエルンは、当然自分が勝ったと思って得意げだった。
あまりに単純に喜んでいるので、ルビーはいちいち怒る気にもなれない。
“……私達は、別にこのままこの子達のところでかまわないですわ。
どちらにしても、誰かはこの子達の手元になければ、
他の仲間を探すことは出来ませんし。”
「確かにそうね。それで……あなた達の仲間は今どこに居るか分かるかしら?」
六宝珠は、離れていてもお互いの存在を感知することが出来る。
それは個々に秘める強大な力が目印になっているためだ。
ルビーは一瞬だけ意識を集中し、
すでに敵の手に落ちたと思われるトパーズ以外の2つの場所を探った。
“……トパーズは、すでに『悪しき者』達の手に落ちたようです。
アメジストは、この世界に気配自体が感じられない始末。
最後のダイヤモンドは、場所がふらふらしていて、そのつど特定しないと……。
しかし、手に入れられる確率は一番ましですが。”
ルビーはいつもよりも丁寧な口調でそう告げると、深いため息をつく。
生き物でもないのに、どうしてため息が出るのかというと、
それは永遠の謎であるが。
「そう。……ざっと聞く限り、どれも手強そうね。」
所在が不明なアメジストを除けば、特に、ダイヤモンドが。
その理由は、彼らに話しておかなければならなかった。
「でも、ダイヤモンドはあなた達が思うより手ごわいわよ?」
“……?まさか、他にも狙っている者が?”
「それってライバルぅ?」
恐る恐るといった様子で、エルンが珍しく遠慮がちにたずねる。
嘘って言ってくれたらうれしいなと、その瞳は言外に語っていた。
「そういうことね。」
『やっぱり……?』
ライバルがいると知らされ、プーレ達は少なからずショックを受けた。
今までも六宝珠を狙う敵はいたが、あれはたとえるなら上から降ってくる毛虫のようなもので、
いつ来るか分からないものである。
散発的にしか襲ってこないこともあり、日頃から意識することもない。
が、ライバルがいるとなると勝手が違う。
「……ねぇ、その人たちって、なんでダイヤをさがしてるノ?」
「他の六宝珠は……さがしたりしてないよね?」
せめて狙うのはダイヤモンドだけにしてほしい。
そう思っているのか、川に落ちた後、
その先が滝でないことを祈るような顔をしてプーレがシェリルに聞く。
「ええ、他のはね。たまたまダイヤモンドが、その人の住んでいる国の宝物だから、
がんばって仲間達と世界中を探し回っているのよ。
……悪いことを考えているわけじゃないから、そこは安心してね。」
六宝珠やプーレ達が思っているような、
たちの悪い相手ではないと聞いてほっと息をつく。
今までそれほど頻繁に襲われていたわけではないが、
回数の多少に関わらず襲われていい気分はしない。
敵ではないならいいやと思って安心しきったプーレ達を見て、
ルビーとサファイアは少なからず危機感を覚えた。
両者顔を見合わせ、というわけには行かないので、
サファイアはルビーにだけこっそりテレパシーをとばす。
“ルビー……ちょっと言っておいた方がいいと思わない?”
“ああ、そうだな。”
同じことを考えていたらしく、ルビーはすぐに彼女の言わんとすることを察した。
離れていた時間の方が長かったとはいえ、同じ職人に作られた仲間だ。
だてに付き合いがあるわけではない。
“お前達……さっき自分でライバルかって言っただろうに。”
そう言ってたしなめてみるが、ピンとこないらしく、
プーレでさえ困ったように首を傾げるばかりだ。
やはり幼い子供に分かつように説明するのは難しいと、
ルビーもサファイアも頭を抱えかける。
しかしもう少し砕けた言い方ならとサファイアがテレパシーを飛ばそうとした時、
見かねたシェリルがそれより早く口を開いた。
「1つしかないりんごを食べたい人が2人いたら、けんかになるでしょう?
それと同じようなことよ。
六宝珠のダイヤモンドは一つだけだし、
りんごと違って半分に割っちゃうわけにもいかないから、
りんごよりもけんかになりやすいと思うでしょう?」
「そだネ……。」
「うん……。」
ようやく問題を認識した3人は、さっきとはうってかわって表情が暗くなる。
六宝珠を狙って追いかけてくる者が増えるとなれば、冗談ではない。
出来るだけ楽に集めて、さっさと依頼を終わらせたいのだから当然である。
そうでなくても、どうにかして元の姿に戻る方法を探さなければならないのだ。
危ない目にあうのは、極力避けたい。
「あなた達も思ったでしょうけれど、たぶんこれからあなた達を狙う敵はどんどん増えるでしょうね。
これは、国の宝物になっているダイヤモンドを探している人に限らず、だけど。」
『うわぁ……。』
なぜこれからどんどん増えるのか、
その理由は、幼いプーレ達にはいまいち理解しきれないところが多い。
だが、深刻そうなシェリルの表情から、それが嘘ではない事だけを正確に理解する。
「敵が増えるということは、
これから先の旅は、今まで以上につらくて大変なものになるということよ。」
「それって、ロビンとくろっちおにいちゃんがいなくなるのよりぃ?」
ロビンとくろっちはシェリルと面識がないが、
仲間のことだろうと判断したシェリルは黙ってうなずく。
せめてどのくらい旅が厳しくなるのか知りたくて聞いたのだが、
これで、どう転んでも状況が悪化の一途をたどるだけだと受け入れざるを得なくなった。
どうしよう。
3人とも、そう考えてお互い不安そうに顔を見合わせる。
「……ごめんね、そんな顔をさせて。
でも、もしも旅が嫌なら、六宝珠を捜すのをやめてもいいのよ?
絶対にあなた達でなければいけない理由は、どこにもないんだから。
本当は……こんなことをあなた達にさせることでさえ、私は気が進まないのよ。」
「おねえさん……。」
複雑そうな、悲しいような、恐らく前者であろう。
一言では言い表せない思いが、感情として動物の感覚に伝わってくる。
彼女もまた、悩んでいるのだろうか。
「今日はもう疲れたでしょうから、泊まっていくといいわ。
それと、一晩でも2晩でもいいから、
ゆっくり考えてあなた達がしたい方を選んで欲しいの。
六宝珠をこれからも捜し続けるかどうかをね。」
泊まれるように客間を整えてくるからといって、
シェリルはプーレ達をその場に残して部屋を出た。
パタンと、ドアが静かに閉まる音が響く。
後に残されたプーレ達は、黙って彼女の帰りを待つことにした。



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さあさあ楽しいお風呂タイム。アヒル隊長はなしですが。(爆
入浴シーンは、もし漫画ならサービスカットです。
……当然、シェリルだけですが。ガキが素っ裸でも意味ないですしね。
せいぜい某法律に引っかかるくらいですって。
余談ですが、くろっちは時にロビン以上に人間の常識に厳しい模様。
主人を蹴ったのも、間違った常識が子供に伝わらないためです(笑
後半は打って変わってシリアス風味。どうしたのってくらい。
気がついたらこうなりました。(爆
そろそろ流されっぱなしというわけには行かなくなってきたようです。
ちなみに今回……文字数が7500文字弱いきました。お待たせしたかいがあったかは、謎。